さて、前回の実験から3ヶ月。ついに第二弾実験の時がきました!

 

 

真面目な説明は前回のポストを参考にしていただくとしまして…。
今回は、ゆかいな仲間たちとワイワイと実験。
しかしそこはぬかりなく。コッピー鉛筆よりもさらに強力なヘクトペンシルも投下です。

下写真の一番上がヘクトペンシル。今回使用したのは三菱鉛筆製のもの。
金色のキャップが「他とは違うぜ」とでも言ってるよう。

以下、写真撮影は「カレーにラッシーさん」です。ありがとうございます。
場所は「古書カフェ・くしゃまんべ」さん。北区王子にあるいい感じのお店です。
そう言えば最初はコッピー鉛筆実験じゃなくて、鉛筆香道をする予定だったんです。
そちらも行ったのですが…うけがよかったのはこちらの実験だったのです(´・ω・`)
ヘクトペンシルとコッピー鉛筆

ヘクトペンシルとコッピー鉛筆

集まった皆さんにざっくりとコッピー鉛筆での印刷方法や前回の結果をお知らせして、
(写真の手は私のじゃないですーw)
さらに今回は、お一人ずつの寒天も用意し(写真中央の4つほど見えている小さい容器)…
あとはみなさんにお任せ!前回のコッピー鉛筆印刷の説明

前回のコッピー鉛筆印刷の説明

 

 

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

コッピー&ヘクトペンシルで実験

 

他にもあれこれ作品は出来上がったのですが、写真はここまで。
理由は特に無く。アップロードが億劫になったという理由で。スイマセン。

やはり、コッピーよりはヘクトの方が染料多い分、まだマシにうつりますね。
本来は寒天ではなく、「こんにゃく印刷」と言われてたくらいですから蒟蒻を使った方がいいのかもしれません。
また、鉛筆自体が古いので鮮明にはうつらないのかもしれません。紙も専用のものがあったのかもしれないし…。
突き詰めていくといろんな課題がありはしますが、
正解を初めから知るのではなく(それだとつまらない)、こうやって試行錯誤しながらより良い印刷方法を見つけ、
みんなでコッピー鉛筆のことについて知ってもらう企画を立てれればなぁと思っている次第。

 

ではまた3ヶ月後くらいに!(えー?笑

 

皆さん、コッピー鉛筆というものをご存知ですか?

日本が開国し色々と社会が変わっていく中で筆記具も筆から色んな物へと変化していった。その中に鉛筆も含まれるわけですが、コッピー鉛筆は「書いてしばらく経つと消しゴムで消えなくなる」ものとして(顔料ではなく染料を使っているため)、ボールペン登場までの短い間ではあるものの日本中で使われていたものでした。万年筆、つけペンなどもありましたが、安価で手軽だったのがこのコッピー鉛筆。当時「赤鉛筆」と呼ばれていたものの中には、このコッピー鉛筆を指していることもあります。

で、そのコッピー鉛筆には単に筆記具だけとしての役割ではなく、「印刷用」の目的もあったのです。何しろ名前からして「コッピー(コピー)」ですからね。確か以前に「趣味の文房具」の中で赤青鉛筆さんがコッピー鉛筆について記事を書いていらっしゃいました(そういや最近連載見ない…)。鉛筆中毒展で関西でaltさん、赤青さんとご一緒になったときも赤青さんは「コッピー鉛筆で印刷もしていたらしい」と熱く語っていらっしゃいました。でも、一度も私はコッピー鉛筆で印刷ができるのかどうか見たことがないのです。どこかの博物館?かで夏休みのワークショップを開いたのは知ってましたが。残念なことに行けず。

 

前置きが長くなりました(笑)。ということで、「ホンマにコッピー鉛筆で印刷できるの?」を基礎知識全くゼロから手探りで実験したのが、先週日曜日の夜中。その模様をご報告です。始まり始まり~。

 
■用意したもの:
水、粉寒天、バット、コッピー鉛筆3種類(青・紫・赤)、カードタイプの紙(あまり水を吸わないタイプ)、左記と同サイズに切った半紙

 

 

■実験:

1.寒天を作ります。手間のかからない粉寒天使用。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

2.コッピー鉛筆で原版を作ります。
今回はカランダッシュ(50年前)、イタリアリラ(戦前)、北星(60年前)の三種類。適当に水を吸わなさそうな紙に書くだけ。印刷専用のコッピーは勿体無いので今回出番なし。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

3.書いた面を下にして寒天の上に置きます。
暫く置くのですが、時間が時間なので、骨董市で掴まされた訳の分からない重りを乗せます。
よかった、ゴミの日に捨てないておいて…。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

4.剥がしてみた。おお!なんかうつってる。反対だよ、当たり前だけど。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

5.印刷用の紙をおきます。
今回は半紙を使用。あっという間に紙が水を吸っていくのが分かります。どっきどきー!
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

6.はがすで、しかし。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

 

 

====只今乾かし中、しばしお待ちを====

 

 

7.乾いた!
一応、印刷できました。 が、判読はなかなかに困難。ピンクは予想通り全くだめ。青、紫は見れます。
コッピー鉛筆で印刷はできるのか

 

 

紙がよくないのか、そもそもコッピー鉛筆が古すぎるのか、印刷専用のものではなかったからダメだったのか、寒天じゃなくてこんにゃく使ってたらしいとか、紙はどういうものがよいのか。ぐぐったら正解が出てくるのかもしれませんが、本件は何にも頼らず、実験に実験を重ねて自分なりの「コッピー鉛筆で印刷!」を追い求めていきたい所存。ということで、生暖かく見守っていてください^-^

 

 

次回は印刷専用の染料たっぷりなヘクトペンシル(コッピー鉛筆の一種)で実験します。1本あたりの単価が高いのよねぇ(泣)。勿体無いけど、削ってやってみます!

ちなみに、コーリン鉛筆もコッピー鉛筆を出していました。と、最後にコーリンに触れてみる(笑)

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ブログ、ゆっくり再開します

On 2014/01/26, in 雑記, by kero556

気がついたら一年半ものあいだ、ブログ更新から遠ざかっていました。
原因は…お恥ずかしいのですがデジカメが壊れていたから(^-^;) この度、新しいデジカメを入手しましたので、相変わらずのんびりペースではありますが、コーリン色鉛筆カタログ化計画をメインにして投稿再開いたします。

 

 

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※写真左から
赤木廣八商店時代(のうち、昭和7,8~15,16年)の色鉛筆、各社夜会用鉛筆、
新しいデジカメ、樹木鉛筆24本セット(缶入り)

 

 

まずはご挨拶まで

Kero556拝

 

 

 

前回エントリー後半部分で少し述べた「大正時代にあった紙巻鉛筆」について、画像と資料を少々。
実は大正時代ではなく明治時代に既にアイディア自体はあったようです。

これです。(これ自体は大正時代の製品でしょう)。

コマ印紙巻き鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆 ぱっと見だと分からないのですが、よく見ると「KAMI EMPITSU」と押されています

コマ印紙巻鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆

これを見つけた時は、「なんだか硬い鉛筆だなぁ」「軸木が黒いなぁ」としか思わず、何かのついでで一本買っただけだったのですが…。

ふとこの破損部分を見たら、あれ?木ではない?もしかして薄い紙で巻いてる?よくよく見れば紙巻きの端部分がある!印字も「KAMI EMPITSU」とある!と驚き、O’BONの例や、数年前に某氏が(ダーマトではない)紙巻き鉛筆を作ってたのを思い出して調べてみたのが随分前。うろ覚えだったので再度資料を引っ張り出してきました。

コマ印紙巻き鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆 破損部分で「あれ?」と疑問に思い

コマ印紙巻き鉛筆 紙を巻いた端部分で「紙巻きである」と確信

コマ印紙巻き鉛筆 紙を巻いた端部分で「紙巻きである」と確信

 

 

コマ印紙巻き鉛筆関連資料
引っ張りだしてきた、コマ印紙巻き鉛筆関連資料の一部(1915年/大正4年) ※コーリン鉛筆の前身「赤木廣八商店」はこの次の年に東京・東神田にて創業(それ以前は大阪で就職→東京の他会社で修行、その後自身の名を冠した社名にて独立。この辺りは後日書きます)

 

 

 

人の記憶とは曖昧なもので。再度読んだら大日本鉛筆ではなく、大日本圖書株式會○(○は社の舊漢字)時代のものでした^-^;

特許出願は明治44年3月。取得はその一ヶ月後の明治44年4月。
ちなみに大日本圖書株式會○(○は社の舊漢字)での鉛筆製造業開始は明治43年10月と資料にはあります(會社創立は明治23年3月)。製造開始から特許出願まで、その間わずか5ヶ月。特許明細書に記載されている「發明ノ詳細ナル説明」には、研究過程の相当なる苦心が偲ばれます。
私に分かる範囲で意訳すると…

 

・製造を容易にし材料を紙にすることで、安価に提供します
(写真以降のページで「従来の原料洋材[cederwood]は高価だから」と
その理由に述べています。「最も安價なる紙」とも記述されています。
さてどんな紙だったのか…。)
・紙のもつ脆弱性を補完し(=つまり硬く丈夫にする)、しかし削り易くする(柔粘性の付加)
腐らないようにもする

・実際の文章の一部
「食物繊維ヲ腐朽セシムル薬品 例ヘバ※酸、硫酸、硝酸、苛性加里等ノ一種ノ
藥品ノ希釋溶液又ハ…」
※部分解読不能でした(汗

 

さらに鉛筆をよくよく見ると、(相当剥げてはいますが)単に芯に紙を巻きつけて藥品に浸しただけでなく、もしかしたら何らかの樹脂(もしかして漆?…考えづらいですが)でコーティングされてた可能性も浮かびます。下写真ですが、写真だけだと判別できないかもしれません。もっと状態の良いものを入手できるといいのですが…。

コマ印紙巻き鉛筆

コマ印紙巻き鉛筆

果たして本当に製造開始からわずか5ヶ月でここまで辿りつけたのか、大いに疑問です。もしかしたら、どこかの鉛筆会社をあちこちから買収・吸収したのでしょうか。もしくは研究だけ先に始めていて、製品化に見通しがたったから一気に製造を開始した?-紙巻きだけじゃなく木軸も作ってるんですよね。さらに資料を読み進めていくと、cederwoodだけじゃなくて国産木材(イチキ(イチイのことか?)又はオンコ)も使っているのです。
そして、実はコマ印には(ご存知の方にはお馴染みでしょうけども)、「コマ印十二色色鉛筆/大日本鉛筆株式會○(○は社の舊漢字)」と同マークだけれども社名の違う製品も存在します。

大日本鉛筆と大日本圖書の関係。ラインナップも多かったし工場も大きかったのに、何故途中から消えてしまったのか。

あ、そうそう。この鉛筆、爪で弾くと木軸にはない感触と音がします。
そして…、今の今まで勿体無くて削らなかったのですが、「特許を取るくらい研究して作ったモノの出来はどのくらいなんでぃ!」とカッターで削ってみたら。驚くほどの削りやすさ。現代の紙巻き鉛筆(O’BONの)や木軸(の中でも削りやすいジェルトン材)を軽く凌駕しています(体感ですが)。何故これだけのものが途中で途絶えてしまったのか。木材軸の方が材安価化と工程が安易になったのか。はたまた紙に漬ける薬品が高価になってしまったのか。使用していた紙が突然高くなったのか。そもそも、どんな風に加工していたのか(できうることなら再現したい)。

 

いろいろと謎(正確には、私が知らない・調べきれてない事)が多いのですが、それ解明をしていくと時間も掛かるし、何より元々のブログコンセプトである『コーリンカタログ化計画』からどんどんずれてしまってイケナイので(笑)今日のところはここまで。

 

 

さて、次回こそは旧コーリン時代の製品をエントリーします。ぐっとくだけた可愛いモノ。時代も下り、昭和中期とおもわれる商品です。

 

みちくさ市ブングテン1~5で一旦自分のお見せしたいものに区切りがついたこと(要はネタ切れですね…笑)、また体調的なものもあり、6は完全お休みし、昨日の7では初めてお客さんとして行って参りました。いやぁ、お客さんとして行くのはとっても楽しい!何たって前準備しなくていいし、時間もゆっくり目に行ける。こんな風に寄り道して好きな写真を撮る時間もあるんです。素敵!

東池袋四丁目駅近くにある、蓋

東池袋四丁目駅近くにある、蓋

今回はワークショップが目白押しで、(時間制限のある私は)全部は参加できないほど。もちろん展示も充実。しめしめ、これは出展じゃなくこれからも観覧がいいわ等と怠け心がつい顔を出してしまったくらいです(苦笑)。

都電荒川線の鬼子母神駅のすぐそばでは、普段ちょろちょろとプライベートでお邪魔している堂地堂さんや甘夏書店さんがみちくさ市に出展しておられ、ご縁にもびっくり。少し立ち話。その後、ブング店でお店番をされていた、螢窓舎さん・たいみちさんにご挨拶して(お客さんがたくさん!)、鬼子母神通り商店街のキク薬局さんにもご挨拶して(ちょうどお忙しくしていらした時でご迷惑おかけしてしまいました…)、いざゆかん、旧高田小学校のブングテン会場へ。到着したら何はなくとも、敷地内に住んでいる亀たちにご挨拶。やぁ、ひさしぶり。お天気がいいからみんなでバスキング中だね。

みちくさ市ブングテンの会場、旧高田小学校に住んでいる亀たち

みちくさ市ブングテンの会場、旧高田小学校に住んでいる亀たち

 

とまぁ、こんな具合に寄り道を堪能しつつ、会場の旧小学校は職員室に入ったら。そこはもう文具パラダイス。文具の大文化祭。

骨董市で気になって買った古い万年筆を川窪万年筆店の川窪さんに診ていただき(その時の手さばきの早さ、一目見ただけで年代まで特定できる神っぷりったら!)、「クレパス画家・コンドウカヨ」さんのワークショップ用道具にうっとりしたり、Filixさんのカモイマスキングテープワークショップで見せてもらったユニクロ銀座店限定販売の胸像マステにきゃぁきゃぁ言ってみたり、消しゴムはんこ作家・木木屋さんの「彫らない消しゴムはんこ」に感動したり(木木屋さん、私の中では天才確定です。すごいんです)…。ものぐさ館長のコレクションの一本一本をご説明頂き感服したり(一本ずつ説明書きしたらホンモノの博物館ができそうです)。全部は回り切れなかったんですが、いやはや、もう大満足。

FilixさんのWSで展示されていた「魅せる」マスキングテープ収納方法

FilixさんのWSで展示されていた「魅せる」マスキングテープ収納方法

 

木木屋さんの、彫らなくていい「ケシケシけしゴムはんこ」キットと作製例

木木屋さんの、彫らなくていい「ケシケシけしゴムはんこ」キットと作製例

 

今回一番楽しみにしてたワークショップは、toru50さんの『ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」』。開催予告ページを拝見したら黒芯で作るようだったので、色鉛筆好きとしては「色芯verも作りたい」とうずうず。製法が異なる色芯は黒芯よりも柔らかく。果たして折れずに作れるかしら?、社のサンプル色芯を勝手に持って行って叱られないかしら?と二重のドキドキ感。toru50さんに「色芯持っていっていいですか?」と尋ねるとご快諾を頂いたので持ち込みましたとも。
で、どうせ色芯で作るなら、チャレンジついでに2色1本作ってみる?と、toru50さんもびっくりな(私もおっかなびっくりな 笑)、朱藍鉛筆作りに挑戦。できたのがこちら。

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、赤青鉛筆

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、朱藍鉛筆

はみ出している芯は、ニッパーでぱちりと切り落とします。調子に乗って、もう一本朱藍鉛筆と、黒芯(墨芯と業界では呼びます)鉛筆を作りました。こちらです。

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、紙巻鉛筆たち

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、紙巻鉛筆たち

 

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、赤青鉛筆を削ってみました

ジブング研究所 「鉛筆作れるんだぜぇ~ワイルドだろぅ~」で作った、朱藍鉛筆を削ってみました

実は、toru50さんと一緒に作っている時に動画も撮影したのですが、ファイルサイズが大きくて今すぐここにはアップできず。その時の模様は是非ともワークショップを開催されたtoru50さんにお渡ししたいですし、ここでも披露したいのですが…しばしお待ちを。

 

さて、紙巻き鉛筆と聞いて一番に文具好きさんが思い浮かぶのは、ダーマトグラフでしょう。こちらにダーマトグラフの歴史についてのエントリーがありましたのでご参照下さい。と人任せ(笑)。
ここ最近では、O’BONもびっちり紙で巻いた鉛筆を出しています。
ご参照:2007年のコーリン鉛筆カタログ化計画 ANNEXエントリー 


ここからは、あまり知られていないことなのですが、O’BONのような紙巻鉛筆は実は日本でも、古くは大正時代(もしかしたらもう少し前かも…あとで調査します)にありました。
大日本鉛筆という会社が製造。製品名は「コマ印紙巻き鉛筆」。特許も取っていたようです。なんと、黒芯のみでなく色芯製品もありました。当時の色芯の質を思うと、よくぞ作ったなと。さすがは我らが日本鉛筆業界。先人達のアイディアと製品化への情熱には頭が下がります。こちらについては後ほど別途エントリーしてみようかと。大正から平成へと100年ほどの時代を経て、同じアイディアがみちくさ市ブングテンでのワークショップにて再び花開いたことが、鉛筆好きの私には嬉しくて仕方がありませんでした。
※toru50さんのワークショップは大日本鉛筆の製品とは違う独自のものです。toru50さんは紙や糊、糊を塗る範囲や道具についてもとっても研究しておいででした。

 

 

…あれー? なかなか旧コーリン製品のエントリーに行き着かないのはどうしてでしょう。「ちゃんと調べて書かなきゃ」と気負ってしまうがばかりに手が止まってしまうのです。どうかお目こぼしを^-^

出展者の皆さん、楽しい展示&ワークショップ&ショップを堪能させていただき、ありがとうございました。あの場で出会えた方にも感謝です。


追記.
エントリーし終わってから思い出しました。
昨年末、三菱鉛筆より「ポンキーペンシル」という紙巻鉛筆の一種が発表されています。
まだ入手していないのですが一度は買って試し描きしたいものです。ほくほく。